2016年9月6日火曜日

サパティスタ自治区の名瀑 ロベルトバリオス


チアパス州の密林に位置するパレンケ遺跡。
個人的には無数にあるマヤ文明の遺跡の中でも、グアテマラのティカル遺跡と並んで特に素晴らしい遺跡の一つだと思う。
その魅力を言語化するのは難しいが、ほかの遺跡とは何かが違う。
遺跡のデザインなのか、保存状態なのか、土地のエネルギーなのか、何かははっきり伝えられないが、印象が本能に響いて記憶に残る。




チアパスのジャングルは植生が豊かで、魔法がかかったような美しい景観にいくつも出会える場所だ。
だけど、悲しい事にこの地域はメキシコの中でも最も貧しい地域の一つだとも言われている。








パレンケを訪れたのは10年ぶりだった。
特に下調べもせずに着いてしまったので、とりあえず以前宿泊した遺跡近くのキャンプ場「EL PANCHAN」に行ってみたが、相変わらずの強烈な湿度に加えて受付スタッフの態度が不親切だったこともあり、別の宿を探すことに。



遺跡へと続く一本道をきょろきょろしながら進んでいくと、Miaが「Casa Shanti」と書かれた看板を目ざとく発見した。
そう名乗るからには悪い人ではないだろうということで、人に道を聞きながらCasa Shantiを探した。


パレンケの街から遺跡へと続く道を、遺跡方向へ向かって進んでいくと途中で右手に未舗装の道(Calle Guacimo)が出てくる。
その未舗装の道を100~200mぐらい奥に進むと、左手にその宿はあった。
宿のオーナーはスイス人女性らしく、いまは国へ帰っている彼女の代わりに近くに住む若いメキシコ人のカップルがに管理人をしていた。
Airbnbにも掲載しているそうだ。


料金は2名1室の個室で320ペソ/1泊。
キッチンは自由に使えるし大きな冷蔵庫もある。
シャワー、トイレもそれぞれ3つずつあり、宿全体がとても清潔に保たれている。
部屋の窓にはきちんと網戸が張られていて扇風機があり、湿度もEL PANCHANに比べるとずいぶん控えめで過ごしやすい。
まだ小さい猫が2匹、きれいな庭を野性的な動きで駆け回っていた。






グアナファトに住んでいたころは日々の渇きからか、常に綺麗な水場を渇望していて、毎日インターネットでメキシコの湧き水や滝、温泉などを探していた。
チアパスには美しい滝がたくさんあることをその時すでに見つけていたので、訪れる前からとても楽しみにしていた。
実際、パレンケに来る途中の道すがらに何度も滝の看板を目にしていたので、宿の管理人であるアントニオにお勧めの滝を聞いてみた。



すると、ここから車でアクセス可能な滝は3~4カ所あるとのこと。
それぞれの情報を聞いて、一番人が少なそうな「RobertoBarrios/ロベルト・バリオス」に行ってみることにした。
宿には同じタイミングでアムステルダムから中南米旅行に来ていたカップルもいたので、一緒に滝に行く?と誘いかけていると、アントニオがこう言った。



「ただ…その滝のある地域はサパティスタの地域だ。僕は個人的にネガティブな感情はないけど、少し奇妙な雰囲気を感じるかもしれない。そして、滝に行くなら午前中から昼にかけていく方がいい。暗くなる前には必ず戻っておいで」



不思議な言い回しのアドバイスだった。
地元の人間にそう言われるともちろん不安になる。



「安全なの?それとも少しリスクがあるの?」


「安全だよ。何も問題が起きたことはない。でも念のため。」



何か胸に引っかかるアントニオの発言は4人の心を少しざわつかせた。

確かに、チアパスの雰囲気は何とも言えないものがある。
ここに来るまでの間にも伏線じみた出来事がいくつかあった。
ある場所では住民が集会を開いていて、道路はふさがれていた。
そして、その場所を通行するには強制的に寄付を要求された。
また、ある場所では子供が道にロープを張って車を止め、お金を要求してくることもあった。
その近くには大人もいたが、黙ってその様子を見ていた。
そして彼らの目は攻撃的な目をしていた。







今から10年前にも、同じ道をローカルバスに乗ってチアパスを旅した。
メキシコの中でも、最も多くの先住民族が苦しい生活を送っていると言われているチアパスだが、当時はその雰囲気をそれほど強く感じていなかった気がする。
だが、今回はその空気を感じた。
バスを乗り継いで進んでいく旅と違い、自分たち自身で車を運転して旅をしていると、さらに世界がよく見える。土地の起伏や植生の変化、そして街や人の空気感。



前回初めて山間の街サンクリストバルデラスカサスを訪れたちょうどその頃、中学校の友人MadRiceが日本人宿のカサカサに住み込みで働いていた。


まだスペイン語も全く分からず、メキシコの物価が思ったより高くて旅のリズムに乗れていなかった自分からすると、すっかりメキシコ生活に馴染んでいるように見えた彼は相変わらずのゆっくりとした口調で話し始めた。



「チアパスには、先住民族の権利を守るために活動しているゲリラ集団がいるねん。彼らは非武装で、インターネットを使って世界に情報を発信してて、新しい革命を起こそうとしている。そのリーダーはマルコス副司令官っていう人で、覆面やし誰かは分からんねんけど白人やねん。先住民族ではなく、白いメキシコ人。」



久しぶりに会ったその日の朝に、ドミトリーのベッドの上でそんな話を聞いた。
それが初めてサパティスタの事を知った時だった。
今から思えば、その瞬間から意識がぐっと変化して旅が始まっていた気がする。



カサカサにはサパティスタに関する本が何冊かあったし、壁画も描かれていた。
出会う旅人は皆といっていいほど必ずサパティスタのことについて話をしていた。
そして私はこの目出し帽をかぶった人たちのことを、現在進行形で先住民族の権利を守るために戦っている正義のゲリラ集団なんだ。と認識した。



それ以来、サパティスタは自分の中ではクールな存在だった。
マルコス副司令官はチェゲバラのような存在だと思っていた。






だが、今回再びチアパスを旅していて感じたのは、
「何にも変わってないし、むしろ状況は悪くなってるんじゃないのか?」
ということだった。


今回パレンケに来る前に立ち寄ったサンクリストバルで、サパティスタの活動を支援するお店に立ち寄る機会があったので、マルコスはどうなったのか、そして現在のサパティスタの活動はどんな感じなのか店番をしていた人に聞いてみた。
しかし、店員は歯切れの悪い口調で
「マルコスは今いない」
としか答えてくれなかった。







場面は戻って、パレンケのCasa Shanti。
オランダ人カップルとも相談した結果、朝に出発して早めに戻ってこれば問題ないだろうという判断で、結局4人で滝に行くことになった。

ロベルト・バリオスはパレンケの街から約40km。
大体1時間ぐらいで到着する距離だ。


途中の景色は緑の濃い森が広がる山道が続き、ふと視界が広がると山並みはため息が出るほど美しい。

しかし、アントニオの忠告が頭から離れない。

滝のある村に近づくと、家の壁に赤い星や覆面の男たちのグラフティーや看板が目に入るようになってきた。
赤い星も覆面も、サパティスタのシンボルだ。
カラコル(カタツムリ)と呼ばれる彼らの自治区に入ったようだった。



少し緊張した気分で滝のあるほうへ進んでいく。
どこにでもあるような素朴なメキシコの田舎の風景が広がっている。
赤茶けた道、小さな商店、犬、鶏、子供、洗濯物。
村の人たちの表情にも緊張感は感じられない。



滝の入り口手前にあるだだっ広い広場に車を止めて、20ペソぐらいの駐車料金を支払った。
わずかに残る不安な気持ちを抱いたまま、のどかな道を歩いて滝に向かった。









滝は、素晴らしい滝だった。






何段にも重なっており、上から降りたり下から滝登りをしたり、天然アスレチック状態。






途中で上の方の滝つぼでゆっくり過ごしていると、森の中から男が現れた。
なんでも、滝の上の方と下の方で所有者が違うため、別で入場料を払ってほしいと。
見るからに人のよさそうな兄さんだったので、まあ仕方ないかと言われるがままに支払う。
「いまからガイドが来るから。上のエリアはガイドと一緒じゃなないと危ないから彼が来るのを待ってガイドと一緒に遊んでほしい」
お金を受け取ると森の中から現れた男はそう言ってまた森へ帰って行った。



しばらく待っているとまたまた人のよさそうなお兄さんが森の中からやってきた。
そして、飛び込みができる滝つぼを案内してくれた。





4人全員を順番に飛び込みポイントまで連れていき、飛び込むのを見守ると、ガイドは笑顔で森の中へ帰っていき、二度と戻ってこなかった。








ひとしきり滝を楽しんだ後、村に一軒だけあった食堂で唯一のメニューの焼き鳥をトルティーヤと一緒に食べた。
おそらくそこら中を走り回っている鶏で、とても美味しかった。



車を止めてくれていた場所に戻るともうそこには誰もおらず、子供が遠くで遊んでいた。


何事もなかった安堵感と、水に入った後の疲労感、綺麗な水といい雰囲気の滝に出会えた満足感。素朴だけどおいしい食事。
実際の経験はポジティブなものだけだった。
だけど、後に残ったのはやっぱりどこか奇妙な感覚だった。











結局サパティスタはどうなっているんだろう。
マルコス副司令官はどこへ行ってしまったのだろう。
サパティスタが最近出している声明に彼の名前はもうない。
だけど彼らは活動を続けている。


(日本語での情報)


世界を支配する「上の人たち」に支配されない暮らしを希望している。


メディアはサパティスタについてほとんど報道しない。
メキシコ国内だけでなく海外のメディアも。

2012年12月21日、マヤのカレンダーが終わると言われていた日に、チアパス各地でサパティスタが4万人規模の「沈黙の行進」を行ったこともほとんどのメディアでは報じられていない。


今回メキシコに来てから、誰に話を聞いてもサパティスタは過去の話になっているように感じた。皆が知っていることは、自分が10年前に知ったことから何もアップデートされていなかった。


だけど、サパティスタはまだ死んでいなかった。



自分も以前に比べると少しは分別がついて、サパティスタを単純に手放しでクールな存在だとは思えなくなった。


コミュニティは時に密室的な空間ゆえに狂気を内包してしまう。
その見えない狂気がチアパスに奇妙な雰囲気を作っているのかもしれない。
それでもやっぱり私はサパティスタに惹かれてしまう。



この世界は間違いなく不平等で、真実が「上の人たち」によって隠されているということは、インターネットの拡張により少しずつ、でも多くの人たちが気づきだしてきている。


メキシコでは強烈な暴力装置が作用しているが、サパティスタの武器は「対話」だ。
彼らの発するメッセージには力がある。
彼らの戦いは未来の世界のどこかの戦いではない。



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